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第一話 「酒にも故郷はあるのです」

僕たちは、同じ名札を付けて並んでいる。
右も左も前も後ろも、みんな同じ「いいちこ日田全麹」だ。
でも、これはただの同姓同名で「同じもの」なんてひとつもない。
こうして一緒に並んでいるのも、出荷前のほんの少しの期間だけだ。

僕は、まだ世の中を知らない。
数日前に、タンクから出されて新品の瓶に入ることができた。
中身も瓶も新品ってことは、正真正銘の新人で、
この出荷前の期間にリターナブル先輩の話を聞いて、
外の世界を想像するのが精一杯だ。

これは、そんな僕の出荷から回収までのストーリーだ。

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「人生は色々よ」
右隣のリターナブル先輩が教えてくれた。
彼女は、前回「集団出荷」だったらしく数十人の仲間と一緒に
大きな居酒屋さんで過ごしたそうだ。

「私は、ボトルキープ組だったの。
ボトルキープされるとね、名前をもらえるわ。
私は『はしもっちゃん』という名札を付けられたのよ。
中には、『ゆうちゃん』や『ヒデ』なんかもいたわ」
新しい名前なんて想像もしていなかった僕は、
羨ましくなって「いいですね!」と声をかけたが

「女の子なのにね」

僕の声をふさぐように、彼女は低いトーンで応えた。
なるほど、思うようにいかないこともあるんだな。

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