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第一話 「酒にも故郷はあるのです」

僕たちは、同じ名札を付けて並んでいる。
右も左も前も後ろも、みんな同じ「いいちこ日田全麹」だ。
でも、これはただの同姓同名で「同じもの」なんてひとつもない。
こうして一緒に並んでいるのも、出荷前のほんの少しの期間だけだ。

僕は、まだ世の中を知らない。
数日前に、タンクから出されて新品の瓶に入ることができた。
中身も瓶も新品ってことは、正真正銘の新人で、
この出荷前の期間にリターナブル先輩の話を聞いて、
外の世界を想像するのが精一杯だ。

これは、そんな僕の出荷から回収までのストーリーだ。

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第四話「出会いに酔う日もあるのです」

その人がお店に来たのは、暑い夏の夜だった。

まだ、開店して間もない20時30分。
ひとりでくるお客さんは珍しくないけど、その人はやけに紳士的な静けさをたたえていたんだ。
女の子目当てでやってくるお客さんや、いわゆる常連さんとも違うオーラがあって、僕は、その人のことが気になっていた。

「あんちゃん、今日はひとりなの?」
ママの一言で、その人の名前が『あんちゃん』だとわかった。
手入れが行き届いたジャケットやシューズ、
ナチュラルに整えられた眉、凛々しく結ばれた口元、筋の通った鼻のライン。
あんちゃんは、一見「寡黙な紳士」に見えるけど、
僕には気になることがひとつあったんだ。

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